勇者ライディーン

勇者ライディーンは、1975年(昭和50年)の4月4日から、1976年(昭和51年)の3月26日の期間に、放送されていたテレビアニメーションで、全部で50話ありました。
勇者ライディーンは、ジャスダックに株式上場し外国映画の日本語版製作や、テレビ番組・CM映画などの製作などを行っている東北新社が番組の企画をして、アニメーション製作会社のサンライズスタジオが共同出資して設立された創映社が製作を請け負って放送されていました。テレビ朝日系列で金曜日の夜7時から7時半の枠で放送していた間、提供のスポンサーはポピーが主に務めて、旭通信社が広告代理店業務を行っていました。ロボットアニメの元祖といわれている勇者ライディーンは、押井守などのアニメーション作品や士郎正宗の攻殻機動隊などのアニメ製作をしているプロダクションI.Gが、2007年3月から後継アニメ番組「REIDEEN」をWOWOWで放映していました。
勇者ライディーンは日本で初めてといえるロボットアニメで、製作にかかわった様々なスタッフは、その後の日本のロボットアニメの製作に幅広くかかわりました。特にロボットアニメの初監督作品となった富野喜幸や、メカのデザインを手がけた安彦良和などはその後ガンダムシリーズへと繋がれるロボットアニメの歴史に大きな足跡を残していく事になります。
勇者ライディーンは、ロボットアニメであると同時に、伝奇的なストーリーが特長で、スピリチュアルな物を取り扱った事でも知られています。当時ユリ・ゲラーなどがスプーン曲げを行ってテレビなどでも大ブームとなっていたのですが、放送しているテレビ朝日系列の朝日新聞などが超能力的なオカルトなどを批判する姿勢であったことから内容の変更をせざるを得なかったといわれています。
その影響も合ってかストーリーがかみ合わないような展開をおこすなどして総監督が交代するといった事態にもなりました。
マジンガーZなどと違ったアプローチを持った勇者ライディーンのストーリーは、現在のアニメファンの間でも人気の高いものなのですが、番組制作がスポンサーなどとの関係などによって影響を受けたことで、当初の設定どおりに話が展開して完結し切れなかった事を惜しむ声が多いアニメです。
勇者ライディーンはそのような背景を含めてもロボットアニメが多様性を持ち始めた最も最初の作品であることは確かで興味深いのではないでしょうか。
1996年に後継作品として放送された超者ライディーンにもそれは表れているかもしれません。